昔、ずっと昔 青年だったころ
何も知らなかったし、さまざまなことに納得できなかった。
世の中にも納得できなかった。自分の置かれた境遇にも納得できなかった。
今の若者もきっと、ネット上で匿名のどこぞの馬鹿が遊びで人を殺してしまう時代に納得なんてできないだろう。
安心してくれこっちだって同じだ。納得なんてできてない。
でもあの頃、未熟な自分なりに真実というものを見つけていたと思う。
それは、永遠の真実ではなくてそれでもそれなりに真実だった。
そして、必死だったからそれなりにスピーディーに自分なりに答えを見つけていた。
不安だったし、言葉にできない苦しみを抱えていた。それが思春期なのかもしれない。
今はそれなりに知恵をつけているし、知識も増えているから悩みの答えもすぐに見つからず、なんとその状況をどこかで許している自分が存在するのである。
このようなことは、あの頃とても受け入れられるものではなかった。
そして答えが見つかるのには時間がかかるさと自分で言っているのだ。
今自分がどうしていいかわからなくてもいつか見えるとか言っている。
そしてずいぶんと長い時間がかかってから気がつくのである。
自分の悪い部分に関しても、うすうす感づいていて放置したりしている。
自らの限界と対峙する数も増えている。
そしてそのとき昔のように今はまだ力が足りないがもう少しすればとか勘違いもしなくなっている。
もう少しすれば成長してとか考えないのだ。
でもこんな状態の自分に疑問を持つことをやめてないし、経験から身につけたものがある。失ったものもたくさんあるけど、私は今の私なりにターゲットを定めて闘うことをやめない。
そしてこれだけ否定的に書いていても希望をもって言う。
まだまだすべきことがたくさんある。
さあ、もっと変化していこう。
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